昭和5年(1930年)3月15日、オーストリアからハンネス・シュナイダーが来日した。
「ハンネス・シュナイダー」の名はこの時すでに日本のスキー関係者の間では有名だった。彼は大正9年(1920年)にアルノルト・ファンクが製作した映画「スキーの驚異(Wunder des Schneeschuhs)」で主役を演じていて、大正10年(1921年)5月に東京のYMCAで公開したところ、彼のスキーテクニックの鮮やかさに多くのスキー関係者は魅了された。 そして大正14年(1925年)に「スキーの驚異」で使われた映像の写真をふんだんに掲載した同名の本が出版され、彼のスキー技術は「アールベルグ・スキー術」と呼ばれるようになった。アールベルグとは彼の出身地・オーストリアのチロル地方の名前である。 昭和5年3月、玉川成城学園が「シュナイダーとアールベルグ・スキー術」を出版。そして同時に玉川成城学園長の小原国芳がシュナイダー本人を招聘したのである。この際、小原は全日本スキー連盟に招聘の後援を依頼したが、連盟は「シュナイダーはプロスキーヤーではないか?」と疑念を持ち後援を断った。アマチュアの団体である連盟としてはプロと距離を置く立場を取っていたからである。ただシュナイダーの講習会や歓迎会には、多くの連盟関係者が出席していた。当時のスキー関係者にとって、彼は神様のような存在だったからである。 シュナイダーは3月15日の来日からすぐに長野県菅平に移動してスキーの公開実演を実施、そして池ノ平、野沢、青森県大鰐、北海道小樽、札幌、富良野と、僅か1ヶ月の間に精力的に講演会を行い4月に帰国した。 その中で、長野県野沢の講演会での模様を「日本のスキー技術70年史」(ベースボールマガジン社)では、こう書かれている。 シュナイダーが持参したスキーにはエッジが入っていた。シュナイダーを出迎えに村はずれまで行って、道の両側に並んでいる人達の中をシュナイダーのスキーを背負ってくるおじさんが「おい、見ろ見ろ、このスキーは、スキーの裏に金が入っているぞ」と盛んに吹聴しながら歩いてきた。人々は、初めて見る、この金具にびっくり。これは何の為のものかわからず、たぶん、滑ってもスキーの角が減らないためさ、ということになった。 ところが、器用で知られる野沢の時計屋さんが、これを見てさっそく柱時計のゼンマイを伸ばし、ビスの皿をもんで自分のスキーに取り付けたが、ひどくデコボコに波が打っていたのが印象的であった。 シュナイダー来日の際、野沢において五十回りという急斜面の長いスロープで模範滑走をやった。このスロープを記念してシュナイダー・スロープと名づけ、今日多くのスキーヤーに親しまれ、利用されている。また、シュナイダーがこのスロープを直滑降して、下のユートピア辺りでジャンプ・ターンでピタッと停止して見せたという話をよく聞くが、これは伝説であって、実際にはシュテム・ボーゲンとシュテム・クリスチャニアで滑り降りたのが本当のようである。 特に深い雪の中での回転法は、シュテム・ボーゲンが絶対的な強さと確実さを発揮したものであるが、それでも曲がりにくい重い深い雪のときには、ジャンプ・ターンをもってこれに挑んだ。このジャンプ・ターンも当時の花形の一つであった。 シュナイダーはその後、オーストリアのサン・アントンでスキー学校を創立しアールベルグスキー術の指導を行っていたが、1937年、ナチスドイツによるオーストリア併合が起き、ヒトラーから追放されてアメリカに亡命。 現地ノース・コンウェイで新たにスキー学校を創立、それまでアメリカではスキーがあまり普及していなかったが、この学校により、多くのアメリカ人スキー愛好家やスキー選手を育成する事となった。その後の1955年、心臓発作で急逝した。
by wataridori21
| 2009-08-16 06:53
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