「第1回全国スキー講習会(バッジテスト)」と「第1回指導員検定講習会」(1939年)

昭和13年(1938年)1月9日、兵庫県西宮の阪神甲子園球場にて「甲子園ジャンプ大会」が開催された。
この催しは「都会の人にスキーの魅力を知って貰おう」と企画したもので、高さ30mの気骨を組み合わせたシャンツェが球場内に建設され、30両の貨車を使って妙高山麓から大量の雪を運び入れた。当日は4万人を越える観衆を集めた。

2月27日、東京・後楽園球場でもジャンプ大会が開催された。シャンツェの高さは38mと甲子園よりはるかに高い。この時は遠く上越から運ばれた雪で対応した。

明けて昭和14年(1939年)、SAJ(全日本スキー連盟)は、「競技スキー」の他に「一般スキー」の発展を目指す方針を打ち出した。国防上スキーが有効であることもあったが、一般の人々のスキー人口の増加を目指すことも重要と考えたからである。
SAJは「一般スキー術要項」を発行し、厚生省を後援とする「第1回全国スキー講習会」を開催。この講習会でバッジテストを行い、一級・二級の技術章を授与する事とした。
講習会は1月から3月にかけて全国40ヶ所で行われた。全国で受講者総数は3611人で、1級は148人、2級は525人は合格。
さらにスキーの技術指導員の検定も検討され、同年12月21日から3日間の日程で、山形県五色温泉で「第1回指導員検定講習会」が開催された。そして受験者は64人、合格者は10人。

この年の選手権は、1月18日から22日まで長野県野沢温泉で「第12回全日本学生スキー選手権」、2月9日から12日まで、「第17回全日本スキー選手権」が札幌で開催された。
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by wataridori21 | 2009-08-29 23:42


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