1971年暮れ、岡野俊一郎が退任し、長沼健が監督に復帰した。野津謙日本蹴球協会会長(当時)とデットマール・クラマーの強い要請で、再登板となったのである。
明けて1972年1月、西ドイツ・ブンデスリーガ所属のプロチーム・ハンブルガーSVが来日して、交流試合を行った。第2次長沼体制となっての初試合である。 前年から若手として頭角を現した永井良和、日系の小林ジョージ、高田一美、藤口光紀らが主力として加わり、若手の育成に比重を置いた代表チームに代わりつつあった。 1月09日 ハンブルガーSV戦→2-3 1月11日 ハンブルガーSV戦→2-2 特に11日の試合では42分、84分に決めた藤口光紀こ活躍が目を引いた。 5月にはブラジルのサントスFCが来日してきた。このチームには当時の日本で大変な人気を得ていた「王様・ペレ」が参加しており、当日の試合、国立競技場は53516人もの観客が押し寄せる大フィーバーとなったという。 5月26日 サントスFC戦→0-3 ちなみにこの試合の後、FW杉山隆一が日本代表を引退した。メキシコ五輪以後、度重なる体調不良が続き、とうとう代表選手の引退を決意したのである。前年のW杯メキシコ大会・韓国戦が最後の代表出場となった。 6月にはイングランドのプロチーム・コベントリー・シティーと、4試合を行った。スコアは次の通り、 6月04日 コベントリー・シティー戦→0-3 6月06日 コベントリー・シティー戦→1-0 6月10日 コベントリー・シティー戦→1-2 7月にはマレーシアのクアラルンプールで、第16回ムルデカ大会が開催された。スコアはつぎの通り、日本はこの大会で3位の好成績を収めている。 7月12日 クメール戦→4-1 7月16日 スリランカ戦→5-0 7月18日 フィリピン戦5-1 7月20日 ビルマB戦→6-1 7月22日 マレーシア戦→1-3 7月26日 韓国戦→0-3(準決勝) 7月28日 マレーシアB戦→1-0(3位決定戦) 更に8月にはシンガポールでベスタスカン大会が開催され、日本代表も出場した。スコアは次の通り、 8月04日 フィリピン戦→4-1 8月06日 インドネシア戦→0-1 9月には、ハンガリーのフェレンツェバロシュ・トルナが来日してきて次の結果となった。 9月03日 フェレンツェバロシュ・トルナ戦→2-2 9月06日 フェレンツェバロシュ・トルナ戦→1-3 9月10日 フェレンツェバロシュ・トルナ戦→3-1 そして9月14日に、韓国との定期戦が行われた。これは隣国の韓国と、毎年交流を重ねる目的で設立された大会である。 9月14日 韓国戦→2-2
by wataridori21
| 2007-12-11 23:09
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