アトランタ五輪での「マイアミの奇跡」と第11回アジアカップ(1996年)

1996年、サッカー日本代表はオーストラリア遠征で幕を開けた。

2月にオーストラリア代表と2試合を戦い1勝1敗。

2月10日 オーストラリア戦→4-1
2月14日 オーストラリア戦→0-3

直後に香港に飛び、第10回カールスバーグカップに出場した。カールスバーグカップとは、1983年から香港で開催されているサッカーの国際大会で、カールスバーグの語源は、デンマークのビール製造会社「カールスバーグ」がスポンサーを務めていることである。この時は日本代表の初参加であった。

2月19日 ポーランド戦→5-0
2月22日 スウェーデン戦→1-1、PK4-5

5月、第17回キリンカップが開催された。今回の相手はユーゴスラビア代表とメキシコ代表である。結果は日本が2勝0敗で優勝と、相手2チーム共に実力のあるだけに、最高の結果となった。

5月26日 ユーゴスラビア戦→1-0
5月29日 メキシコ代表戦→3-2

8月にはアトランタ五輪が開催され、日本のU-23代表チームは前年の予選を突破して本戦出場を決めていた。
西野朗監督の指揮の下、U-23代表のメンバーは次の通り(U-23代表はオーバーエイジ枠を使わなかった)、前園真聖がキャプテン。
GK川口能活・下田崇
DF松田直樹・田中誠・鈴木秀人・ 白井博幸・上村健一
MF路木龍次・伊東輝悦・服部年宏・遠藤彰弘・前園真聖・中田英寿・ 森岡茂・廣長優志・秋葉忠宏
FW城彰二・松原良香

グループリーグの相手はブラジル・ハンガリー・ナイジェリア。日本はリーグで2勝1敗でブラジル・ナイジェリアと並んで首位だったが総得点の差で決勝トーナメントに進むことは出来なかった。

しかし何といってもブラジル戦で1-0で勝利した事が大きな話題となり、この勝利は「マイアミの奇跡と呼ばれている。
相手のブラジルにはロベルト・カルロス、ジュニーニョ・パウリスタ、ロナウド、更にオーバーエイジ3枠としてベベット、リバウド、アウダイールの3人を加えた、大会屈指の強豪チームだった。

ブラジル戦を振り返って「FAIR PLAYの記憶」(フジテレビ製作)で前園真聖氏は、こう語る。

「(ブラジルに勝った事について)個人的には納得していなかったし、全く自分のサッカーはやらしてもらえなかった。こんなに差があるんだっていう気持ちが強かった。

ま、いろんなスター選手がいたんですけど、特にロベルト・カルロスって選手にはマッチアップの回数も多かったんですけど、1対1で抜けたシーンは1度もなかったし、ちょっとかわしたと思ってもすぐに足が出て追いつかれていたし、差を感じましたね」


日本A代表は8月以降も試合を重ねていく。

8月25日 ウルグアイ戦→5-3
9月11日 ウズベキスタン戦→1-0
10月13日 チュニジア戦→1-0

そして12月にUAE(アラブ首長国連邦)で第11回アジアカップが開催された。
日本代表はグループリーグでシリア・ウズベキスタン・中国と対戦して3戦全勝で通過、しかし準々決勝でクウェートに敗退してしまい、2大会連続優勝はならなかった。

12月06日 シリア戦→2-1
12月09日 ウズベキスタン戦→4-0
12月12日 中国戦→1-0
12月15日 クウェート戦→0-2(準々決勝)
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by wataridori21 | 2008-01-01 22:59


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