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「クールランニング」とボブスレー

ボブスレーとは、複数の選手が特殊なそりに乗って、氷のコースを高速で滑りタイムを競う競技だ。競技は2人乗りと4人乗りの2種類がある。
1番前に乗る選手はドライバー、その後ろに乗る選手(2人乗りは1人、4人乗りは3人)をブレーカーと言う。スタートでそりを押し、そこに全員が素早く乗り込む。ドライバーがハンドルでコントロールをし、ブレーカーとともに体の向きを左右に動かし滑走する。メンバーのチームワークが大きくものをいう競技と言えるだろう。競技は別名「氷上のF1」とも言われている。

僕がボブスレーに興味を持ったきっかけは、1993年に劇場公開された映画「クールランニング」を観てから。この映画は、1988年カナダで行われたカルガリー五輪で、南国のジャマイカチームが初出場した実話をモデルに作られた。コメディータッチで描かれてはいるが、内容はまさに「ボブスレーの醍醐味」をたっぷり堪能出来るものである。俳優・ジョン・キャンディ(残念ながら、その後亡くなられた)の好演も素晴らしかった。

日本ではマイナーなスポーツに見られているが、ボブスレーの歴史は古く1924年シャモニー・モンブラン大会から五輪の正式種目になっている。
しかし、残念ながら日本で大会が出来るのは長野県長野市の「長野市スパイラル」1つしかなく、他の種目に比べて競技人口も少ない。その為、NBLF(長野県ボブスレー・リュージュ連盟)では競技普及の為に各種イベントや国際大会を開催したりしている。前途多難ではあるけれど、頑張って欲しいね。

先日の大会は前から観たかったが、どうしても時間が取れなかった。来年こそは生観戦を実現させたいと思っている。
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by wataridori21 | 2007-01-09 21:31

「シムソンズ」とチーム青森

YUKIの歌は大好き
彼女の歌は切なく胸をしめつけるから

2006年2月に全国で劇場公開された「シムソンズ」をDVDで観た。この映画は2002年のソルトレイク五輪に出場したカーリングチーム(その後チーム名は「チーム青森」に変わり06年のトリノ五輪にも出場)をモデルに作られた作品。本当にあったチームであり、トリノ五輪直後の上映だっただけに、当時かなりの話題を集めた。

この映画を観ながら僕は自分の高校時代を思い出した。楽しい事、嫌な事、腹が立って仕方なかった事、心底泣きたくなった事、数え上げたらきりがない思い出の数々、

高校時代か…

別にあの頃を美化するつもりは全くない、胸を張れるような「青春らしい」学生生活でもなかったし。でももう遠い昔の事で二度と戻らない時期だから、こういう映画を見ると、とても切ない気持ちになる。わずか3年間だけだったのに、当時はまるでこの生活が永遠に続くみたいに感じていた。卒業して何年も経ってから気づいた、もうあの頃には戻れない。

映画中盤の1シーン、
メンバー4人がケンカして1度は仲間割れするが、近くにある海辺で、1人1人、何となく集まる。青空と流れる雲、透きとおるような青い海、そこでのユニークな仲直り、バックに流れるYUKIの歌、綺麗なシーンだった。

選手権大会当日のシーン、
大泉洋の演じるコーチが言う「あのハウスの向こうに何が見える?」すると1人が「未来」その後5人が輪になる。大泉が「今、お前らがいるのは宇宙の端っこじゃねえ、ど真ん中だ。なんも怖い事ねえぞ、大丈夫だ。お前らは1人じゃねえ」
さらりと過ぎるシーンだが、印象に残った。

観終わったあとに僕は思った。出演していた4人の若手女優達は、5年後10年後これを観たらどんな気持ちになるだろう?まだ幼かった頃の自分をみて何を思うだろうか。

かなり「クサい」文章になってしまったかも(笑)
切ないながらも、楽しい映画だった。
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by wataridori21 | 2007-01-02 01:53

「硫黄島からの手紙」と西竹一中佐(元五輪・馬術選手)

新年あけましておめでとうございます。いつも訪問してくださる皆様、今年も気まぐれにブログ更新を続けていきますので、よろしくお願いします。

昨日(12/31)、長野の映画館で「硫黄島からの手紙」を観た。

硫黄島での戦争は、太平洋戦争末期の1945年2月から3月まで日本とアメリカとの間で起きた戦争で、両国ともに多くの犠牲者を出したらしい。今回の映画はその戦争を元に作られている。

その中で特に興味をもったのは俳優・伊原剛志氏が演じる西竹一・陸軍中佐。彼は1932年にアメリカで行われたロサンゼルスオリンピックの馬術競技で見事、金メダルを獲得した人物だ。米国で開催されたオリンピックで獲得した金メダルだから、当然アメリカ人から多くの賞賛を浴び地元ロスでは人気を集め、彼自身が明るく社交的な人柄でもあった為、大会を契機に多くの米国人と交友が出来たという。そのアメリカを相手に戦争するのだから、彼自身とても複雑だったと思う。

実は日本の歴代の馬術競技においての金メダル獲得選手は彼1人だ。それだけに戦争がなかったら、どれだけの活躍ができたか…

しかし元金メダリストが硫黄島で死んでいたとは、戦争の残酷さを強く感じた。
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by wataridori21 | 2007-01-01 01:07