日本代表チーム・親善試合での大敗(1952・53年)

1952年4月、日本は、前年に締結されたサンフランシスコ講和条約がこの年に発効され、それまでの連合国による占領時代を脱し、独立国家として再出発した。

この年の6月8日、サッカー日本代表チームは、来日にた全香港華人選抜と親善試合を行った。場所は東京・明治神宮外苑競技場で、4-3で日本の勝利で終わった。当時はイギリスの領土だったとは言え、かつての日中戦争の歴史があり、複雑な思いがあったに違いないが、この試合は大きな混乱もなく行われたようである。

1953年の6月14日には、同じ神宮で、来日して来た西ドイツのクラブチーム・オッフェンバッハ・キッカーズとも試合を行い、0-9でこの時は大敗を喫している。オッフェンバッハは1950年の西ドイツ全国選手権で準優勝した強豪であり、もともと力の差は歴然としていたが、この大差のスコアは、当時の日本代表の世界レベルを表しているといっていいだろう。

同じ1953年11月に来日したスウェーデンのDIFユールゴルデンとも試合を行った。2試合を行い、11月22日に大阪府・大阪球場で行われた試合は1-5、11月29日に明治神宮外苑で行った試合は1-9と、オッフェンバッハ戦と変わらぬ大敗を喫した。

やはりこの時点で「国際標準」への道は、まだまだ遠く険しい状態だったのだ。
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by wataridori21 | 2007-11-18 12:03


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