東京五輪直前の海外遠征と釜本邦茂の日本代表デビュー戦(1964年)

1964年は東京オリンピックの年である。

1945年の敗戦、日本は主要都市の大半が焼け野原となり、それまで積み上げてきた国家の財産の大半を失い、文字通りゼロからの再出発となってから19年、日本経済は復興し、いよいよ国際舞台で再び頭角を現してきた日本を、世界にアピールする機会として、この東京五輪は国家を挙げての一大プロジェクトとなった。

その中でサッカー日本代表は1964年を向かえた。

チームは五輪に備え、2月から東南アジア遠征を実行した。この遠征で特記すべきは、その後の日本サッカーが誇る最強のストライカー・釜本邦茂が日本代表デビュー戦を飾ったことである。
彼の代表デビュー戦は2月19日、タイ・バンコクにあるスパチャラサイ国立競技場でのタイ空軍戦、先発出場だった。初得点は25日のマレーシア・クアラルンプールにあるムルテガスタジアム、前半38分でのゴールだった。彼は6試合で3得点を決めている。当時はまだ早稲田大学2年で、長沼健監督による大抜擢だった。
この遠征でのチームの戦績は次の通り、

2月19日 タイ空軍戦→0-0
2月21日 タイ空軍戦→1-3
2月25日 スランゴール州戦→3-0
2月27日 ペラク州戦→1-0
3月01日 華人・マレー人連合戦→3-1
3月03日 シンガポール戦→2-1

同年7月にソ連に飛び、4試合を戦ったが1分3敗、

7月21日 ハバロフスク陸軍戦→0-2
7月24日 ロシア共和国選抜戦→0-0
7月28日 ソ連選抜戦→0-1
7月31日 ウクライナ選抜戦→0-2

同年8月に東ヨーロッパ各国と、計4試合戦い、3敗1分、

8月05日 赤旗クラブ・ブラソウステル・ロス(ルーマニア)戦→2-3
8月09日 プログレッスル(ルーマニア)戦→1-1
8月12日 ハンガリー五輪代表戦→1-6
8月19日 チェコスロバキア1部リーグ選抜戦→1-3

同年8月から9月に掛けて西ドイツのチームと計3試合を戦い、2勝1分0敗、

8月26日 VfRハイルブロン/ウニオン・ベッキンゲン連合戦→3-1
8月29日 ラインラント・アマチュア選抜戦→4-2
9月02日 マインツ05戦→0-0

そして最後にスイスで1試合を戦い、勝利した。

9月08日 グラスホッパー戦→4-0

最後の試合の相手がグラスホッパーだった事は注目できる。グラスホッパーは1955年に来日して、当時の日本代表チームと対戦し、このときは1-7で日本代表が惨敗している。
それだけに4-0での勝利、それも相手の母国スイスに乗り込んでの勝利は、チームに大きな自信を与えた事は間違いない。

これで海外遠征が終り、日本に帰国。
そして同年10月10日、東京五輪が開幕する。
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by wataridori21 | 2007-12-04 20:17


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