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第6回アジアカップ・アジア東地区予選と第19回ムルデカ大会(1975年)

1975年1月、この年のUEFAチャンピオンズカップ(後のUEFAチャンピオンズリーグ)優勝チームのバイエルン・ミュンヘンが来日した。

当時のバイエルン・ミュンヘンは、「皇帝」ベッケンバウアーが主将を務め、GKにゼップ・マイヤー(この時は故障で来日せず)、DFにゲオルグ・シュヴァルツェンベック、更に後に西ドイツでの伝説の名選手となるカール・ハインツ・ルンメニゲといったスター選手が目白押しであり、1月5日の国立競技場は37857人もの観衆を集めた。

1月5日 バイエルン・ミュンヘン戦→0-1
1月7日 バイエルン・ミュンヘン戦→0-1

3月にはスウェーデンB代表と対戦した。このチームは若手主体の構成だったが、日本代表はあえなく3連敗で終えた。すでにこの時期の日本代表には、メキシコ五輪当時の勢いはなくなっていたのである。

3月2日 スウェーデンB代表戦→0-1
3月5日 スウェーデンB代表戦→1-4
3月8日 スウェーデンB代表戦→0-2

6月には翌年にイランで開催される第6回アジアカップのアジア東地区予選が香港で行われ、日本代表も参加した。日本代表の参加は、かつてB代表が1967年に参加した事があるくらいで、同大会にA代表が参加するのはこれが初めてとなる。組分け予備戦・準決勝・3位決定戦を含めて5戦全てが接戦だったが、グループリーグ1勝1敗で予選敗退となった。
ちなみに予選は北朝鮮が通過、翌年の本大会ではイランが3大会連続優勝を果たした。

6月14日 香港戦→0-0(組分け予備戦)
6月17日 北朝鮮戦→0-1
6月21日 シンガポール戦→2-1
6月23日 中国戦→1-2(準決勝)
6月26日 香港戦→1-0(3位決定戦)

7月から8月にかけて、マレーシアで第19回ムルデカ大会が開催された。結果は4位だったが、五輪・W杯での最大のライバルである韓国に1-3と大敗してしまうなど、アジアの強国には太刀打ちする事は難しかった。ちなみに優勝は韓国、同大会では通算5度目の優勝で、現在まででは通算11度の優勝を果たしている。日本は現在に至るまで、この大会では1度も優勝していない。

7月30日 香港戦→0-2
8月02日 マレーシア戦→0-2
8月04日 バングラデッシュ戦→3-0
8月07日 インドネシア戦→4-1
8月09日 韓国戦→1-3
8月11日 タイ戦→4-0
8月14日 ビルマ戦→2-0

9月にはソウルで日韓定期戦を行い1敗、帰国後にアイルランド1部リーグ所属のシャムロック・ローバーズと対戦して2勝1敗。

9月08日 韓国戦→0-3
9月11日 シャムロック・ローバーズ戦→2-3
9月15日 シャムロック・ローバーズ戦→2-0
9月17日 シャムロック・ローバーズ戦→1-0

この年の日本代表チームの試合がここで終了。翌年にモントリオール五輪・予選が開催される事となる。
by wataridori21 | 2007-12-18 02:25


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