尾崎加寿夫の海外移籍とロサンゼルス五輪・1次予選(1983年)

1983年のサッカー日本代表にとって最大の目標は、9月に開催されるロサンゼルス五輪・1次予選だった。

この年の初試合は、2月の東南アジア遠征。しかしこの遠征では主力の尾崎加寿夫・加藤久・金田喜稔が故障で欠場してしまい、今ひとつ成果の上がらないものになった。

2月09日 シリア軍選抜戦→2-0
2月12日 シリア戦→2-2
2月15日 クウェート選抜戦→0-0
2月17日 クウェート選抜戦→1-0
2月20日 エジプト五輪代表戦→0-0
2月22日 エジプト五輪代表戦→0-0
2月25日 カタール戦→0-1

帰国後の3月には日韓定期戦が開催された。後になってみればこの試合が尾崎加寿夫の日本代表最後の試合となった。

3月6日 日韓定期戦→1-1

5月に第6回ジャパンカップが開催された。この大会前に、尾崎が体調不良で欠場すると発表されていたが、実はこの大会期間中に秘密裏に西ドイツに渡り、アルメニア・ビーレフェルトの練習に参加していた。尾崎はその後代表に復帰せずにそのままビーレフェルトに移籍し、奥寺康彦以来2人目のブンデスリーガ所属のプロ選手となった。

尾崎抜きでは、ジャパンカップで好成績を収める事は困難、終わってみれば5チーム中の最下位となった。

5月29日 ニューカッスル・ユナイテッド(イングランド)戦→0-4
6月02日 ヤマハ発動機戦→0-0
6月05日 ボタフォゴ(ブラジル)戦→1-3
6月07日 シリア戦→1-0

7月、日本代表はヨーロッパ遠征を行った。しかし尾崎の海外移籍の影響から深刻な得点不足に悩まされ、接戦に持ち込みながらも勝利までなかなか結びつかない。しかし8月のイングランドとの3戦で3連勝するなど、徐々にではあるが力がついてきた。

7月09日 ヘッセン・カッセル(西ドイツ)戦→0-0
7月14日 アルメニア・ビーレフェルト(西ドイツ)戦→0-1
7月16日 ヴォルフスブルク(西ドイツ)戦→2-2
7月24日 FCノビパザル(西ドイツ)戦→1-0
7月28日 プリスティナ(ユーゴスラビア)戦→1-2
7月31日 FKバルダー(ユーゴスラビア)戦→1-3
8月05日 FCジリンガム(イングランド)戦→2-1
8月09日 FCクリスタル・パレス(イングランド)戦→2-1
8月12日 サウスエンド・ユナイテッド(イングランド)戦→1-0

帰国後の8月に来日してきたソ連のロシア共和国選抜と引き分けて、ロス五輪予選に備えた。

8月25日 ロシア共和国選抜戦→1-1

9月、ロス五輪・アジア地区1次予選が始まった。このグループリーグで上位2位以内に入ると翌1984年4月の最終予選に進出できる。結果は6試合を戦い3勝1分2敗で、辛くも2位で1次予選を通過した。

9月04日 フィリピン戦→7-0
9月07日 フィリピン戦→10-1
9月15日 台湾戦→2-0
9月20日 台湾戦→1-1
9月25日 ニュージーランド戦→1-3
10月7日 ニュージーランド戦→0-1

1983年は、若手FWとして期待された尾崎加寿夫の海外移籍に振り回された年だった。
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by wataridori21 | 2007-12-26 06:16


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