人気ブログランキング |

2007年 12月 27日 ( 1 )

ソウル五輪・予選と石井義信監督の辞任(1987年)

1987年、日本サッカー協会は、前年に導入した「スペシャル・ライセンス・プレーヤー」を廃止した。

JSL(日本サッカーリーグ)はアマチュアリーグだが、1980年に入ると、読売クラブを筆頭に、選手に会社業務を免除してサッカーのみに集中できるようにするチームが数多く出てきた。これはプロ選手の扱いと殆ど代わらず、彼らは「事実上のプロ選手」と言ってよく、サッカー界では公然の秘密だった。そこにこの「スペシャル・ライセンス・プレーヤー」制度が導入されたのは自然の流れといっていい。
しかし「セミプロ的」な雰囲気のするこのスペシャルライセンスは結局1年で廃止して、普通に協会に、プロ登録出来るようになった。

この年のサッカー日本代表は、1月から東アジア各国に遠征を行った。

1月08日 上海市(中国)戦→1-0
1月10日 湖南省(中国)戦→3-0
1月13日 広州市(中国)戦→1-1
1月15日 広東省(中国)戦→0-0
1月17日 上海市(中国)戦→0-0
2月24日 台北選抜(台湾)戦→1-0
3月24日 大宇(韓国)戦→1-1

4月、ソウル五輪直前の壮行試合として、日本リーグ選抜と対戦したが、0-1で、何と敗退してしまった。選抜チームには、代表を外された岡田武史や、ラモス(1989年に帰化してラモス瑠偉に改名)、菊池新吉らがメンバーに入っていた。

4月02日 日本リーグ選抜戦→0-1

そしてソウル五輪・1次予選が始まった。グループリーグの相手はインドネシアとシンガポールで、ホーム&アウェーで対戦する方式だったが、日本にとってこの2チームは格下であり、4戦全勝で最終予選に進む事となった。

4月08日 インドネシア戦→3-0
4月12日 シンガポール戦→1-0
6月14日 シンガポール戦→1-0
6月26日 インドネシア戦→2-1

五輪1次予選の最中、5月に第10回キリンカップが開催された。今回の対戦相手はブラジルのフルミネンセ、セネガル代表、そしてイタリアのトリノの3チームで、結果は2分1敗と惨敗。

5月24日 フルミネンセ戦→0-0
5月27日 セネガル代表戦→2-2
5月29日 トリノ戦→0-1

9月にソウル五輪・最終予選が行われた。1次予選と同じホーム&アウェーで、相手はタイ・ネパール・中国。日本と中国はともにネパール・タイに全戦負け無しで、この2チームに本戦出場が絞られた。
しかし日本は敵地の中国・広州で1-0で快勝したが、続く国立競技場で0-2で敗退し、得失点差で中国の出場となってしまった。
中国は戦後の文化大革命の影響で国際的に孤立し続けてきた経緯があり、1970年代後半から国際社会に本格的に復帰してきた。その中での、久しぶりのスポーツでの桧舞台だった。

9月02日 タイ戦→0-0
9月15日 ネパール戦→5-0
9月18日 ネパール戦→9-0
9月26日 タイ戦→1-0

10月04日 中国戦→1-0
10月26日 中国戦→0-2

この、あまりにも痛い予選敗退により、石井義信監督は辞任し、後任に元メキシコ五輪のGKだった横山謙三監督が就任した。
by wataridori21 | 2007-12-27 21:25